ツチダのエンピツ

ペンは剣より強いので

決め台詞

徒歩5分圏内にコンビニが4軒ある。

特別どこが好きというのはなくて、一番利用するのは家から近いところだけど気分で変えたりもする。

気分で入ったコンビニで好きな店員さんがお会計をしてくれるとラッキーって思うけど、毎回そこに通おうとは思わない。毎回いるわけじゃないから。

でも、苦手な店員さんがレジに立っているとそのコンビニを避けるようになった。

4軒もあるんだから何も嫌な気分になってまで買い物をしなくていい。

 

苦手な店員さんのどこが苦手かというと、お会計が済んだ後の一言。これに尽きる。

おつりを渡す時に右手にレシートを持ったまま左手でおつりを渡し「レシートお持ちになりますか?」と聞く。

毎回聞く。全員に聞く。

他のコンビニではレシートを渡さない店員さんというのはよくいる。

しかし、いるかどうか聞く店員さんはこの人しか見たことがない。

お会計ちょうどの金額を支払った時に聞く店員さんなら見たことがある。ちょうど支払ったらレシートを受け取らずに立ち去るお客さんがいるから。

「レシートお持ちになりますか?」といちいち尋ねるのがお店の方針とかマニュアルに書いてあるのならそういうお店なのかと思うけど、そのお店でそれを言うのはその人だけ。

聞くより渡す方が早いんじゃないかな。おつりと一緒に渡せばいいじゃない。

それを聞かれて嬉しいお客さんはいるのかな。

 

そのコンビニに新しいアルバイトが入ってきた時は、

「レシートお持ちになりますか?」の人に仕事を教えられたら、新人さんも「レシートお持ちになりますか?」って言うようになっちゃうんだろうかと心配したのですが、全くそんなことにはなりませんでした。

 

「レシートお持ちになりますか?」は、全くもってその人だけの決め台詞のようだ。

そこで、その決め台詞が誕生するまでの経緯を想像してみました。

 

コンビニでアルバイトを始めたミヨコさん。42歳。

接客業は得意ではない。けれど派遣の仕事を切られてからやっとありつけたアルバイト。

時給は高くないけどシフトをたくさん入れれば一人で暮らすには十分なお金が稼げる。

頑張って働かなくちゃ。

レジで一生懸命働くミヨコさん。

できるだけ丁寧におつりとともにレシートを渡そうとすると、20代の若者が「あ、いらない」と言ってレシートを受け取らずに去って行きました。

繊細なミヨコさんは少し悲しくなりました。

自分のことをいらないと言われた気がしたのです。

こんなことで挫けてちゃだめよ、ミヨコ。頑張らなくちゃ。

気持ちを入れ替えてレジを打つミヨコさん。

お昼時になると、お昼ご飯を求める人たちで店内はにぎわいます。

レジには長蛇の列ができてしまいました。

レシートを受け取らずに去る人が何人も続きました。

ミヨコさんは思います。

こんなにたくさんお客さんが並んでいるし、ほとんどの人がレシートをいらないみたいだから渡さなくてもいいんじゃないかな。

レシートを渡さないことでレジ対応にかかる時間が短縮できたように思えました。

ところがそうやってレジ打ちをこなしていたところ、五十代の女性が「ちょっと、レシート」とぞんざいな口調で言いました。

ミヨコさんはその口調を威圧的だと感じ、思わず「す、すいません」と反射的に謝ってしまいました。

レシートを手渡すと「レシートを渡すのぐらい当たり前でしょ、信じられない」と女性は怒った調子で去って行きました。

ミヨコさんは悲しくなりました。

その女性の態度や口調に。そして、思わず謝ってしまった自分が卑屈な人間に思えたからです。

ミヨコさんは考えました。

レシートを渡すのは当たり前だろうか。

だって要らないっていう人もいるんだもん。

そうだ、これからは確認してから渡そう。

そうすれば渡そうとしたレシートを拒まれて悲しくなることもないし、渡さなかったと責められることもない。これは名案だ。

 

と、思ったかどうかは知りませんが。

自分が傷つきたくない故の防御策として、決め台詞「レシートお持ちになりますか?」は生まれたに違いないと思うのです。