ママ、おいで
公園でぼーっとしていたら、20代後半の女の人が3歳ぐらいの男児を連れてやってきた。
子供はずんずんと植え込みの中を進んでしばらくすると振り返って「ママ、おいで」と言った。
母親がにこにこしながら佇んでいると子供は「ママ、おいで。ママ、おいで」とのんびりした口調で、しかししつこいぐらい繰り返し言った。
わたしの中では、小さな子供は母親を呼んでもすぐに来ない場合や思い通りに動いてくれない時は、
ヒステリックに「来て!早く来て!」「早くしなさい!」などとわめきたてるイメージだったのでこの子供の様子にかなりびっくりした。
きっと母親がいつも子供に対して「某くん、おいで」とのんびりした口調で呼びかけるから子供も真似しているのではなかろうか。
電車に乗っていた時。
小学校にあがるかあがらないかぐらいの子供を連れた母親が、ドアの側に立っていた。
電車が停車駅に近づくと、母親は子供に怒鳴り出した。
「ドアに触ってちゃだめって言ったでしょ?引き込まれたらどうすんの?危ないでしょ?いつも言ってるじゃない!どうしてわからないの!」
同じ車両に乗り合わせた人間が注目するほどの大きな声。感情的な声。
子供は泣いてしまった。
子供が泣くことでますます母親は苛立ち、感情的になった。
別の日に電車に乗っていると、小学校にあがるかあがらないかぐらいの子供を連れた母親が、ドアの側に立っていた。
子供はべったりと両手をドアにつけて食い入るように外を見ている。
次の停車駅のアナウンスが流れた時、母親が子供に向かって「どうするんだっけ?」と一言だけ言った。
子供は一瞬考えた後、両手をぱっとドアから離した。
母親は「そう。偉いね」と褒めて子供もにこにこした。
子供は視野が狭く、何かに熱中すると周りが見えなくなる。
ほんの少し、思い出すヒントを与えるだけでいい。本当は。
他人は、自分の鏡だ。
子供だって他人だ。
自分の子供だと、もともとの性質が似ているのもある。
子供が他にお手本を知らないのもある。
だから如実に表れるのだろうけど。
端から見ていると、この親にしてこの子あり、と思う。
子供が言うことを聞かないからと言って「そんなこと言うなら置いていくよ」などと親が言って子供が泣き止むものか。
そんなのは脅迫じゃないか。
感情に感情で返しているだけじゃないか。
言うことを聞かない子供を叩いてしつけると、子供は相手が自分の思い通りにならない時に暴力で解決すればよいのだと学ぶ。
言うことを聞かない子供に「そんなこと言うなら置いてくよ」と恐怖で支配しようとすると、子供は他人を恐怖で支配すればよいのだと学ぶ。
わたしは子育てをしたことがないから、いざ自分が子供を育てることになってもうまくできるかどうかはわからない。
たぶん、うまくできないと思う。
下手したら子供を育てる機会に恵まれるかもわからない。
だけど、子育てに限らず、他人は自分の鏡だということは常に心に留めておきたい。
血が繋がっていなくても、大人同士でも。
好意を持って接すれば好意が返ってくる。
悪意を持って接すれば悪意が返ってくる。
直接ではなくても。
すぐにではなくても。